今回の記事では、知る人ぞ知るウイスキー蒸留所であるガイアフロー静岡蒸溜所を見学してきましたので報告します。
国内は見学可能なウイスキー蒸溜所は多く、大手メーカーでは、サントリーやニッカウイスキーの蒸溜所が有名です。その一方で、中小メーカーでも見学可能な蒸溜所もたくさんあります。
ウイスキーの蒸溜所も、何らかの単位操作を行うという点では化学プラントと全く変わりありません。しかし、ウイスキーの製造工程は基本的にはどのメーカーでも同じにも関わらず、色々な工程で工夫が凝らされており、製品ウイスキーの風味に独自性をもたせている所に面白みがあります。
ガイアフロー蒸溜所も、独自の工夫を凝らせている蒸溜所の一つです。
今回、プラントエンジニアの視点から、ガイアフロー蒸溜所の特徴や見学の感想について報告していきます。
合わせて読みたい
ガイアフロー静岡蒸留所とは?
ガイアフロー蒸溜所は2016年に静岡県に建設された比較的新しい蒸溜所です。
静岡駅から約25kmほどの距離ですが、電車の駅は無く、車かバスでないとアクセスは難しいです。
建設されてまだ年数が浅いですが、ようやく2020年秋になって蒸溜所産のシングルモルトウイスキーが販売され、即完売になるなどの注目を浴びています。
また、樽のオーナーなることができる「プライベートカスク」のサービスも行っています。
ガイアフロー蒸留所の特徴
国内大手メーカーと比較すると生産量は小規模です。
蒸留所見学においては、大手メーカーでは停止している設備や見学用の設備、スペースしか見学することが出来ませんが、ガイアフロー蒸溜所では実際に運転している現場を間近で見学することが出来ます。
詳しくは後述しますが、ガイアフロー蒸溜所の主な特徴は以下の通りです。
主な特徴
・ 仕込/発酵タンクに木桶を使用
・ 蒸留器の加熱に薪を燃料とした直火加熱(直接加熱)を採用
・ 貯蔵庫では温度管理をせず、日光をあえて取り入れる設計
次項から、ガイアフロー蒸溜所におけるウイスキー製造工程について、プラントエンジニアの視点からみた蒸溜所の特徴を写真共に解説していきます。
製造工程と写真
出典:サントリーお客様センター
ウイスキーの製造方法は、どのようなメーカー、銘柄でも基本的には変わりありません。
それぞれの銘柄では、麦芽やトウモロコシの種類、蒸留器の種類や形状、樽の種類、熟成期間などの工夫して独自の味を形成しています。
今回見学したガイアフロー蒸溜所では、原料の仕込みから樽の貯蔵庫までの工程を間近で見学することが出来たので、次項から写真を交えて解説していきます。
※写真撮影、インターネットへのuploadも問題無いこと確認済みです。
精麦
分級機
麦芽のサイズを分別するための分級機です。
海外製で年式も古いため、メンテナンスや部品の発注が大変かもしれません。
異物分離機
原料中に存在する異物(主に小石など)を除去するための異物分離機です。
実際に運転すると、かなりの量の小石が取り出されるようです。
こちらは国内メーカー製なので、分級機よりはメンテナンスもしやすいと思われます。
仕込/発酵
ウイスキーの製造工程では、麦芽と水(温水)を原料に「仕込み」の工程があり、ここでは糖化が行われます。
糖化が終わったあとは、アルコール発酵を行う「発酵」工程があります。
ガイアフロー蒸溜所では「仕込み」と「発酵」用のタンクが同じフロアに設置されています。
仕込/発酵タンク(2階部分)
仕込みと発酵を行うためのタンクです。
建設当初は8基のみでしたが、最近になって写真手前の2基を増設し、10基となりました。配置上はまだ余裕があるため、今後も増設される予定とのことです。
ほとんどのウイスキー蒸溜所では、ステンレス製のタンクが用いられますが、ガイアフロー蒸溜所では大型の木桶をタンクとして使用していることに特徴があります。
木桶を使用することで、木桶由来の乳酸菌による発酵が加わり、ウイスキーの独自の風味を与えているようです。
その一方、このような大型の木桶を作成することは非常に難しく、対応できるメーカーがほとんどいないため、メーカー探しに苦労されたようです。
仕込/発酵タンク(1階部分)
一階から見た仕込み/発酵タンクです。
タンクの底部にはカプラーがあり、配管からホースで接続することで、タンクへの張り込み/払い出しが出来るようになっています。
ウイスキー原料の濾過
麦芽と温水で仕込(糖化)が終わった原料(麦芽と麦汁)は、発酵を行う前に麦芽を除去しなければなりません。
ガイアフロー蒸溜所では麦芽と麦汁から成るスラリーを濾過用のタンク(タンク内部にフィルターが設置)に張り込み。内部のスラリーを循環させることで、個体分を除去します。
写真は濾過用タンクの循環ラインで、サイトグラスで麦汁の清澄度合いが判断できるようになっています。
発酵の様子
濾過された麦汁は木桶のタンクに張り込まれ、ここで発酵が行われます。
発酵が進むと泡が生じ、これを放置すると、泡が漏れ出してしまいます。
そのため定期的に内部確認を行い、撹拌させることで、泡の漏れを防いでいます。
タンクに液面計は設置されていないので、人間の目で外部から目視確認するしかなく、まめな現場確認が必要です。
蒸留
ガイアフロー蒸溜所ではいくつかの種類の蒸留器があります。
特徴的な蒸留器について紹介していきます。
薪の燃焼による直接加熱型蒸留器
非常に珍しい、薪の直火による直接加熱型の蒸留器です。
黒く塗装されている部分が蒸留器の窯の部分にあたり、ここに薪を焚べて加熱します。
温度管理が非常に難しく、安定運転のためには、薪を加えるタイミングなどの職人技が必要とのことです。
見学時はこの蒸留器は停止していましたが、運転時はフロア全体が非常に暑くなるほどの熱量とのことです。
蒸気による間接加熱型蒸留器
蒸留器としては一般的な蒸気による間接加熱型の蒸留器です。
蒸留器の上部にあるサイトグラスに立ち上る液面を見ながら、手動操作で蒸気量を調整しています。
(写真中央部にある赤いハンドルのバルブで蒸気流量を調整)
この蒸留器は見学時に実際に運転されており、運転員の方が液面を見ながら頻繁に蒸留量を調整しており、非常に忙しそうにしていました。
温度や圧力の計器がほとんど設置されておらず、ほとんどがサイトグラスを目視しながらの手動操作であるため、運転には職人芸が要求されそうです。
ウイスキーの品質
蒸留されて得られたウイスキーの原酒は無色透明で、これを樽に詰めて熟成されますが、蒸留初期と後期に得られるウイスキーは使用されず、蒸留途中段階に得られる原酒のみが使用されます。(ウイスキーの中取り)
この理由は蒸留初期と後期のものは不純物が多く、製品ウイスキーの品質に影響を与えるため、使用出来ないためです。
ウイスキーの中取りは人間の嗅覚により判定されます。
見学では、蒸留初期から後期までのウイスキー原酒が準備されており(写真の左側が初期~右側が後期)、匂いを嗅ぐことが出来ましたが、中取りのタイミングを当てることは出来ませんでした。
(蒸留最初期の左側のものは色も若干濁っており、刺激臭も強かったため、明らかにわかりやすかったものの、その他はほとんと違いがわかりませんでした。)
貯蔵
貯蔵庫その1
ウイスキー貯蔵庫外観の写真です。
大きな窓があり日の光が入る構造になっています。
そのため、夏季は非常に高温となるので、年間の蒸発量が約6-7%と、国内他社と比較して倍の蒸発量となっています。
貯蔵庫その2
ウイスキー貯蔵庫内部の写真です。
内部にも天窓があり、太陽光が入る構造になっていることが分かります。また、温度管理も特に行っていないようです。
補足:ウイスキーの蒸発はウイスキー原酒のアルコール度数が高く(約60%)、エタノールの高い蒸気圧が原因で起こるため、避けられない現象です。一般的には、蒸発によるウイスキーの現象は「天使の分け前」と呼ばれています。
その他写真
蒸気ヘッダー配管
各蒸留器の加熱源として使用される蒸気ヘッダー配管です。
圧力計のみ設置されており、圧力は約1.5MPaでした。飽和蒸気であれば温度は200℃程度と思われます。
スチームトラップやドレンバルブが見当たらなかったので、蒸気のコンデンセートをどのように排出するのか気になりました。
蒸溜所前の池
蒸溜所建屋の前にある池。これは見学者用ではなく、蒸溜所の運転に必要なものです。
この池は防火用水も兼ねていますが、本当の目的は温排水を冷却するためのバッファーです。
蒸気のコンデンセートなどの温排水をそのまま川に放水してしまうと、生態系に悪影響を与えることを考慮して、一旦このような池で受けて冷却してから放水しているようです。
温排水は、蒸溜所内のユーティリティとして使用するのは難しく、熱エネルギーを無駄に捨てていることになるものの、排水するしか無いようです。
仕方ないとはいえ、何か有効利用する方法を考えたいですね。
樽への放水
樽は乾燥すると収縮するため、その状態で原酒を詰めると漏れてしまうようです。
そのため、詰める前にはあえて散水により樽を湿らせることで、隙間を無くしているようです。
試飲
プロローグK、プロローグW、コンタクトSの三種類の地ウイスキーを試飲しました。
プロローグKは蒸気による間接加熱で蒸留したウイスキー。プロローグWは薪の燃焼による直接加熱で蒸留したウイスキー。コンタクトSはプロローグK、Wを混合したブレンデットウイスキーです。
それぞれ一般販売されていますが、どれもすでに完売しているようです。
リンク:ガイアフロー蒸溜所 商品情報
どの銘柄も、アルコール度数が55.5%と通常のウイスキー(40%程度)よりも高く、貯蔵年数も3年程度しか経過していないため、かなりアルコールの刺激は強く感じました。将来10年ものが販売されるとは思いますが、その時はどのような味になっているか楽しみです。
まとめ
今回の記事では、知る人ぞ知るウイスキー蒸留所であるガイアフロー静岡蒸溜所について報告しました。
ウイスキーの蒸溜所は、何らかの単位操作を行うという点では化学プラントと全く変わりありませんが、ウイスキーの製造工程は基本的にはどのメーカーでも同じにも関わらず、色々な工程で工夫が凝らされており、製品ウイスキーの風味に独自性をもたせている所に面白みがあります。
ガイアフロー蒸溜所も、独自の工夫を凝らせている蒸溜所の一つです。
特にこの蒸溜所では、実際に運転が行われている現場を間近で見学することができます。
ウイスキーが好きな方はもちろんのこと、そうでない方も是非一度足を運んでみて下さい。
この記事が役に立てば幸いです。ではまた他の記事でお会いしましょう。