今回の記事では棚段塔(トレイ塔)と充填塔の選定指針ついて解説します。
蒸留塔の設計において、棚段塔(トレイ塔)と充填塔のいずれかを選定することは、設計圧力損失、運転安定性、分離効率、さらには装置の運転経済性に直結するため、プロセス設計の初期段階で慎重に判断を下すべき重要項目です。
こちらの記事では大まかに違いを解説するのみでしたが、本記事では実務に即した視点で、両者の選定に影響する設計因子について解説します。
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フローパラメータ(Flow Parameter)による選定
蒸留塔のタイプはフローパラメータ(Flow Parameter)を指標とすることで選定することができます。
フローパラメータの定義は以下の通りです。
設計指標であるフローパラメータは、次式で定義されます:
$${FP}=L/G×(ρ_G/ρ_L)^{0.5}$$
FP:Flow Parameter
L:液質量流量 [kg/h]
G:ガス質量流量 [kg/h]
ρL:液密度 [kg/m³]
ρG:ガス密度 [kg/m³]
一般的に、フローパラメータが小さいと、低圧運転を意味し充填塔が有利で、フローパラメータが大きいと。高圧・高液負荷であることを意味し棚段塔が有利になります。
また、フローパラメータは、0.1〜0.2 を境にトレイ塔と充填塔の優位性が逆転すると言われています。
運転圧力・圧力損失・運転範囲
運転圧力
高圧領域では、充填物、特に規則充填物において高運転負荷(50-70%)領域で分離性能が急激に劣化する現象(ハンプ効果)が確認されています。
トレイにはこのようなハンプ現象は見られないため、高圧運転(一般的には500~600kPaA以上)では棚段塔の選択が合理的とされています。
圧力損失
構造的に気液接触方式が異なるため、充填塔の方が圧力損失を低く設計可能です。特に減圧蒸留など、運転圧力の変化が分離効率に大きく影響する系では、充填物のメリットは顕著です。
内部構造 | 圧力損失目安 |
---|---|
棚段塔 | 500~1000 Pa/段 |
規則充填塔 | 100~300 Pa/m |
高性能充填塔 | 100~550 Pa/m |
不規則充填塔 | 200~800 Pa/m |
ただし、棚段塔の設計は自由度が高く、負荷条件や構造次第で圧損は大きく変動します。
運転範囲
充填塔は液分散板設計次第で最大1:10程度までの広い運転範囲を確保可能です。
一方棚段塔では、一般的なバルブトレイで1:2程度が標準設計と言われています。二種類のバルブを使って1:3~1:4まで拡張するケースもありますが、物理的構造の制約は大きく、運転幅は充填塔ほど広くありません。
汚れ(ファウリング)・フォーミング耐性
汚れ(ファウリング)耐性
充填塔では、以下の汚れ問題が顕著です:
- 充填層内での堆積物の蓄積
- 液分散板の閉塞による流体分布の偏り
- 閉塞部位の下方でのドライアップ現象(液供給不良)
これらにより理論段数の著しい低下と汚れ悪化の連鎖が起こることが懸念されます。汚れの懸念がある系では、排液性に優れる棚段塔が現実的な選択肢になります。
フォーミング(泡立ち傾向)への対応
棚段塔はアクティブエリアでフロス(泡状混合液)を形成し、気液接触面積を稼ぐ設計のため、泡立ちの影響を強く受ける構造です。
対して充填塔は液膜形成により物質移動が行われるため、泡立ちの影響は比較的少なく、フォーミング系では充填塔の方が安定した性能を発揮します。
コスト面
コスト面の評価としては、初期投資+運転コストの総合評価が必要です。構造が単純なトレイは、部品コストも安く基本設計でコストを抑えられる傾向があります。一方、装置全体で比較する際には以下の要素も加味すべきです:
- 塔本体のサイズと製作費
- 熱交換器、ポンプなど付属設備の追加負荷
- 運転中のエネルギー消費量と保守性
能力増強時や特殊条件下では充填塔が総合的に有利となるケースも多く、単純な部品比較ではなく運転パターンと中長期の経済性まで含めた設計判断が重要です。
まとめ
棚段塔か充填塔のどちらが有利か、選定の着眼点を整理すると以下の通りです。
選定因子 | 棚段塔が有利なケース | 充填塔が有利なケース |
---|---|---|
液/ガス負荷 | 高液負荷・高圧 | 減圧・小負荷 |
圧力損失 | 許容可能な場合 | 低圧損が求められる場合 |
汚れ懸念 | 排液性が重要 | 汚れ対策可能な設計が取れる場合のみ |
運転幅 | 中程度(1:2~1:4) | 広範囲(最大1:10) |
経済性 | 初期コスト有利 | 長期/能力増強時に有利 |
フォーミング | 要慎重設計 | 有利な特性あり |