今回の記事ではガスの爆発限界の推定方法について解説します。
プラント設計におけるガスの爆発限界の使用例としては、プラントに設置するガス検知器の選定やアラーム値の決定です。
補足:ガス検知器は機器・配管からの漏れを検知してアラームを鳴らし、プラント運転に漏れがあったことを知らせる重要な計器です。設置場所は所定の基準に従いますが、ガス検知器自体は別記事にて解説したいと思います。
ガスの爆発範囲は、純物質であれば、(M)SDS(製品安全データシート)に記載されていますが、実際のプラントで扱うガスは混合物であることが、ほとんどなので、実業務で知りたいのは混合ガスの爆発限界濃度です。
また、MSDSでは爆発限界の上限値か下限値のどちらかの情報しかない場合もあります。
さらに、爆発限界は温度依存性・圧力依存性もあるため、取り扱うガスの物性情報としてプラントエンジニアは知っておくべき内容です。
そこで今回の記事では、混合ガスの爆発限界の推定、温度依存性・圧力依存性・未知の化合物の計算による推定について解説します。
爆発限界の推定方法
・ルシャトリエの法則(原理)による混合ガスの爆発限界推定
・温度依存性
・圧力依存性
・未知の化合物の爆発限界推定
爆発限界の推定方法は実業務だけではなく、高圧ガス保安法の筆記試験(学識)でも問われる内容ですので、資格試験を勉強している方もぜひご一読下さい。
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ルシャトリエの法則による混合ガスの爆発限界推定
混合ガスの爆発範囲の推定にはルシャトリエの法則(ルシャトリエの原理)が良く用いられます。
「ルシャトリエの法則」といえば、化学平衡に関する法則で有名ですが、爆発限界の推定で用いられる「ルシャトリエの原理」とは別なので、混同しないように気をつけて下さい。
また、「ル・シャトリエの式」「ル・シャトリエの法則」「ル・シャトリエの原理」と様々な呼び方がありますが、本記事では「ルシャトリエの法則」で統一します。
ルシャトリエの法則による混合ガスの爆発限界の推算式は以下の通りです。
※数式の表示が途切れている場合はスライドさせることが可能です。
ルシャトリエの法則
$$\frac{100}{L}=\frac{C_1}{L_1}+\frac{C_2}{L_2}+\frac{C_3}{L_3}+・・・$$
L:混合ガスの爆発下限界 [vol%]
L1:第1成分の爆発限界 [vol%]
L2:第2成分の爆発限界 [vol%]
L3:第3成分の爆発限界 [vol%]
C1:第1成分の濃度 [vol%]
C2:第2成分の濃度 [vol%]
C3:第3成分の濃度 [vol%]
ルシャトリエの法則の法則は爆発下限界の推定のために導かれた式ですが、爆発上限界の推定に使用することが可能です。(精度は多少下がる)
計算例として、メタン、エタン、プロパンの混合ガスの爆発下限界を計算してみます。
組成やそれぞれの爆発下限界は以下の表の通りとします。
成分 | 濃度 | 爆発下限界 |
メタン | 50 vol% | 5.0 vol% |
エタン | 30 vol% | 3.0 vol% |
プロパン | 20 vol% | 2.1 vol% |
これらの数値をルシャトリエの法則の法則に当てはめると、
$$\frac{100}{L}=\frac{50}{5}+\frac{30}{3}+\frac{20}{2.1}$$
$$∴ L=3.4$$
よって、この混合ガスの爆発下限界Lは3.4 vol%となりました。
仮にこの混合ガスの漏れを検知するガス検知を設置するとすれば、アラームセット値を爆発下限界の25%とするのであれば、アラームのセット値は0.85vol%となります。
補足:本記事はアラームのセット値を爆発限界の25%に設定しましたが、アラームのセット値については、自社の設計基準があればそれに従うようにして下さい。
ルシャトリエの法則による混合ガスの爆発限界の計算は高圧ガス保安法の筆記試験でも良く問われるので、必ず身に着けるようにしてください。
温度依存性
爆発限界の温度依存性は下記の式で算出することができます。
注意
温度依存性が定式化されているのは爆発下限界のみで、爆発上限界は定式化されていないこと、精度は高くないことにご注意下さい。
温度依存性
$$\frac{L_t}{L_{25}}=1-0.000721(t-25)$$
Lt:温度t℃における爆発下限界 [vol%]
L25:25℃における爆発下限界 [vol%](文献値)
t:温度 [℃]
計算例として、200℃のメタンガスの爆発下限界を計算してみます。
メタンの爆発下限界は5.0vol%(@25℃)なので、
$$\frac{L_t}{5}=1-0.000721(200-25)$$
$$∴ Lt=4.4$$
よって、200℃のメタンガスの爆発下限界Ltは4.4vol%なので、25℃の時と比較すると、12%程度小さくなることが分かります。
この式で重要なのは、温度が上がると爆発下限界は小さくなる、すなわち爆発範囲が広がってしまうことです。
実業務では、少なくとも温度が上がると爆発範囲は広がることは頭に入れておいてください。
圧力依存性
圧力依存性は温度依存性とは異なり定式化されておりません。
一例として、メタンの圧力依存性の図を以下に記します。
■メタン爆発範囲の圧力依存性
出典:Fire & Explosions in the Canadian Upstream Oil & Gas Industry
一般に炭化水素はメタンと同じような挙動を示すと言われています。
重要なのは、爆発下限界は圧力によらずほぼ一定であること、爆発上限界は圧力が高いと大きくなることです。
つまり、高圧になると爆発範囲が広がることを覚えておいて下さい。
未知の化合物の爆発限界推定
爆発限界が未知の化合物の爆発限界の推定方法について解説します。
推定手順は以下の通りです。
推定手順
①構造式からFナンバーを計算
②Fナンバーから爆発限界を計算
※数式の表示が途切れている場合はスライドさせることが可能です。
Fナンバー計算式
爆発限界の計算式
$$F=1-\sqrt{\frac{L}{U}}$$
F:Fナンバー
Nc:分子の炭素数
RH:水素数を(2Nc+2)で割った値
RF:フッ素数を(2Nc+2)で割った値
RCl:塩素数を(2Nc+2)で割った値
RBr:臭素数を(2Nc+2)で割った値
RUS:不飽和度(1-RH-RF-RCl-RBr)
計算例として4-メチル-1-ペンテンについて計算してみます。
なお、4-メチル-1-ペンテンはMSDS上では爆発下限界の情報(L=1.2vol%)しかなく、爆発上限界は記載されておりません。
そこで、4-メチル-1-ペンテンの爆発上限界について計算します。
4-メチル-1-ペンテンの化学式はC6H12です。
※数式の表示が途切れている場合はスライドさせることが可能です。
炭素数は6なので、
$$N_c=6$$
水素数は12なので、
$$R_H=\frac{12}{2\times6+2}=0.86$$
フッ素、塩素、臭素は無いので、
$$R_F=R_{Cl}=R_{Br}=0$$
不飽和度RUSは
従ってFナンバーは
Fナンバーと爆発下限界Lから爆発上限界を計算すると、
$$0.66=1-\sqrt{\frac{1.2}{U}}$$
$$∴ U=8.7$$
上記より、4-メチル-1-ペンテンの爆発上限界は8.7vol%と計算することが出来ました。
まとめ
今回の記事では、混合ガスの爆発限界の推定、温度依存性・圧力依存性・未知の化合物の計算による推定について解説しました。
爆発限界の推定
・ルシャトリエの法則(原理)による混合ガスの爆発限界推定
・温度依存性
・圧力依存性
・未知の化合物の爆発限界推定
爆発限界の推定方法はガス検知器の設計、配置の検討といった実業務だけではなく、高圧ガス保安法の筆記試験(学識)でも問われる内容ですので、プラントエンジニアだけではなく、高圧ガスの資格取得を目指している方にとっても理解しておくべき内容です。
この記事が役に立てば幸いです。ではまた他の記事でお会いしましょう。