欧州では以前から水素含めたクリーエネルギーへの取り組みが進んでいましたが、米国でもバイデン大統領がクリーンエネルギーへの多額の投資を公約として掲げており、化石燃料からクリーンエネルギーへの移行は加速していくものと思われます。
クリーンエネルギーの筆頭として挙がっているのが水素エネルギーですが、2021年になってからブルー水素、グリーン水素などの言葉がよく聞こえるになりました。
一瞬、水素に色がついているような印象を受けますが、実際にはそんなことはありません。
ではこれらの水素は何が違うのか、実用化技術のキーポイントについて解説したいと思います。
今後、国内外を問わず水素プラント建設案件が増えていくと思います。
プラントエンジニアだけでなく、水素に興味のある方であれば有用な記事になっておりますので是非ご一読下さい。
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水素の種類について
当たり前の話ですが、水素は無色透明の気体(常温、常圧下)ですので、水素自体に区別はありません。
種類の違いが叫ばれているのは、製造法と製造時に発生する二酸化炭素(CO2)の排出有無の違いによるものです。
欧州主導で2015年から始まった、CO2フリー水素の導入を推進するプロジェクトである「CertifHy」やドイツ政府により、以下の水素が定義されています。
水素の種類
① グレー水素
② ブルー水素
③ ターコイズ水素
④ グリーン水素
⑤ イエロー水素
⑥ ブラウン水素
⑦ ホワイト水素
製造法とCO2排出有無を色分けして表現するあたり、実に欧州らしいです。
次項から一つ一つ解説していきます。
グレー水素
化石燃料(特に天然ガス)から製造される水素の
ことをグレー水素と呼びます。
昔から実用化されており、安価、大量に水素を製造することができます。
最も有名なのは天然ガスを原料とした水蒸気改質による水素の製造です。
天然ガスの主成分はメタン(CH4)なので、化学式で表記すると、
メタンの水蒸気改質反応式
CH4 + 2H2O → 4H2 + CO2
※実際は一酸化炭素が生成する反応もありますが、省略表記
となります。
簡単なブロックフロー図で表記すると以下の通りになります。
化学式を見ても分かる通り、メタンとCO2は当モル反応なので、理論上は処理される天然ガスと排出されるCO2は同じ量になってしまいます。
そのため、従来の製造法によるグレー水素におけるCO2排出量がいかに多いか、感覚的に理解できるかと思います。
また、水素を精製する工程では、PSA(圧力スイング法)が用いられることが多いですが、加圧、減圧(場合によっては加熱、冷却も)が必要な工程のため、これによるエネルギー消費量も小さくはありません。
技術的には確立されていた製造法ですが、上記のような理由から、よりクリーンで省エネルギーな水素が望まれています。
ブルー水素
原料はグレー水素と同じ化石燃料(天然ガス)でも、CO2を系外に排出しない水素をブルー水素と呼びます。
実用化はまだ先ですが、他の水素(ターコイズ水素、グリーン水素)と比べてまだハードルは低いと思われます。
実用化に向けた技術のキーポイントはCO2をどうやって回収するか、という所だと思います。
東京ガスのwebsiteでも紹介されておりますが、CO2を地中に埋める技術(CCS)が最有力かと思います。
(厳密にはCO2を排出しているように見えますが、地中に埋めさえすれば、CO2排出ゼロとみなされるようです。)
簡単なブロックフロー図を以下に記載します。
水素を製造するメインプロセスはグレー水素と同じです。
排ガスからCO2を分離した後、地中へ埋めるために高圧にする必要があります。
CCSの実証試験によると、CO2は23MPa(230気圧)まで昇圧する必要があるようです。
そのため、CO2の分離と昇圧にかなりのエネルギーが必要になると思われ、採算性が実用化の課題になっているのかもしれません。
いずれにせよ、要素技術では、技術は確立しており、採算性が合えば実用化が最も近いのがブルー水素だと思います。
CO2の分離回収法について解説した記事はこちらです。
ターコイズ水素
天然ガス(メタン)を熱分解して生成された水素
をターコイズ水素と呼びます。
ターコイズとはトルコ石の別名ですので、色のイメージでいうとターコイズブルーになると思います。
実用化はまだ遠いと思いますが、三菱重工と米国モノリス社が実用化へ向けて取り組んでいるようです。
化学式で表すと、
メタンの熱分解反応式
CH4→C+2H2
となり、非常にシンプルかつCO2が全く生成しないことが分かります。
ブロックフロー図でも非常にシンプルなプロセスになります。
実用化に向けた技術のキーポイントはプラズマ熱分解の信頼性(運転安定性)だと思います。
クリーンエネルギーとしての水素製造プラントは発電所と同様、インフラ設備なので、長期間安定して運転されなければなりません。
いくら省エネでクリーンな技術だとしても、プラントのトラブルが多発し、すぐに止まってしまうようなプラントは実用化は難しいです。
技術としては新しいものですが、すでに米国で商用規模プラントが立ち上がっているようなのです。
長期運転データを集め、運転トラブルが極力なくなるようにプラズマ熱分解技術がブラッシュアップされれば、実用化への道が見えてくはずです。
グリーン水素
再生エネルギーのみを用いて、水を電気分解されて製造された水素
をグリーン水素と呼びます。
(グレー水素と比べてCO2排出量を40%以下にすればグリーン水素、という定義もあるようです。)
エネルギー源を再生エネルギー(太陽光、風力、地熱など)に限定しているので、人類が目指す水素製造の究極目標はグリーン水素になるようです。
化学式で表すと、
水の電気分解
2H2O→2H2+O2
となります。
こちらもシンプルかつCO2が全く生成しないことが分かります。
ブロックフロー図で表すと以下の通りになります。
電気分解で生成された水素は低圧なので、水素を運ぶためには、昇圧してパイプラインで各userまで送るか、液化してローリーに積めるようにしなければなりません。
そのため技術的なキーポイントは再生エネルギーだけで水素の圧縮or冷却のエネルギーを賄うことができるか、という所と思います。
水素の圧縮、冷却だけであれば、すでに確立された技術ですが、これに必要なエネルギーを化石燃料で賄ってしまえば、グリーン水素とは言えなくなってしまいます。
再生エネルギーだけで、水の電気分解エネルギー+水素昇圧(or冷却)エネルギーを賄おうとすると、相当効率を良くしないと厳しいと思います。
しかし、グリーン水素の実証試験は様々な企業・団体で取り組まれており、技術のブレイクスルーも期待できますので、実用化への道もそう遠くないと思います。
イエロー水素
原子力発電による電気エネルギーのみを用いて、水を電気分解されて製造された水素
をイエロー水素と呼びます。
グリーン水素同様、生成した水素を運びやすくするために圧縮、冷却工程が必要となります。
もともとのエネルギーが原子力発電由来なので、水素の圧縮or冷却のエネルギーを賄うことに関しては問題なさそうです。
技術的なキーポイントとしては、原子力発電で得られた電気エネルギーが本当にクリーンエネルギーと見なされるか、だと思います。
国よっては原子力発電は推奨されていないので、今後の世界的な普及は難しいかもしれません。
なおイエロー水素を推奨している国は主にフランス、ロシアです。
フランスは2030年までに6.5GWのエネルギーを、電気分解による水素製造に使えるよう、70億ユーロを投資する計画を打ち出しており、イエロー水素がこの計画の重要な位置づけになっています。
また、ロシアはイエロー水素の製造技術開発に精力的なようです。
もともと原子力発電を推奨している国が、これを利用した水素製造技術を開発するのは当然の流れなのかもしれません。
ブラウン水素
石炭から製造される水素の
ことをブラウン水素と呼びます。
石炭も化石燃料の一部なので、この水素もグレー水素に分類することもあります。
石炭からの水素製造は石炭ガス化技術が用いられ、すでに技術は確立しています。
石炭の主成分は炭素(C)なので、化学式で表記すると、
石炭ガス化反応式
C + 2H2O → 2H2 + CO2
※実際はガス化反応を促進するために、空気や酸素を吹き込みますが、省略しています。
となります。
簡単なブロックフロー図で表記すると以下の通りになります。
原料の違い以外はグレー水素と同じプロセスです。
(天然ガスの水蒸気改質工程と石炭ガス化工程だけで比較すると大きく異なりますが)
技術的なキーポイントは、水素発生量に対するCO2発生量がグレー水素よりも多いことです。
グレー水素生成反応式
CH4 + 2H2O → 4H2 + CO2
比較すると、グレー水素ではCO2 1molに対し水素が4mol生成しますが、ブラウン水素ではCO2 1molに対し水素が2molしか生成せず、ブラウン水素はグレー水素の倍の量のCO2が生成されてしまいます。
また、水素を精製する工程においても、グレー水素よりも負荷が高く、投入するエネルギーもさらに大きくなってしまうので、経済的に成り立つか厳しいと思われ、ブラウン水素製造技術を開発する意義は小さいかもしれません。
ホワイト水素
他の製品の生産プロセスの中で副生する水素を回収、精製した水素をホワイト水素と呼びます。
化学工場のプロセスでは、至る所で水素を含む排ガスが生成していますが、ほとんどの場合はそのままフレアーに送って燃やすか、大気のベントスタックに放出しているだけだと思います。
既設のプラント設備を増強するので、技術的なキーポイントとしては、プラント内に水素精製設備を新設するスペースがあるか、精製に必要なUtilityを出すだけの余裕があるか、だと思います。
また、既設プラントの規模で、水素の生産量は決まってしまうので、今後の生産量を大きく伸ばすことは難しいと考えられます。
まとめ
今回の記事では、以下の7種類の水素について技術的なキーポイントと合わせて解説しました。
水素の種類
① グレー水素
② ブルー水素
③ ターコイズ水素
④ グリーン水素
⑤ イエロー水素
⑥ ブラウン水素
⑦ ホワイト水素
また、今回の記事では解説しませんでしたが、水素自体は漏れやすく、爆発範囲も広い危険なガスなので、安全面の課題や法規制の課題もあると思います。
実用化されるにはまだハードルはありますが、この世界的な再生エネルギーへのシフトの流れを受けて、技術開発は加速しておりますので、近いうちに実用化されることを期待しています。
この記事が役に立てば幸いです。ではまた他の記事でお会いしましょう。