今回の記事では水素配管の材質を決定するために考慮しなければならない水素浸食と水素脆性について解説します。
この記事のポイント
・低圧(13.8MPag未満)かつ常温(200℃未満)の場合炭素鋼
・高圧(13.8MPag以上)または高温(200℃以上)の場合ステンレス鋼(SUS316系)
最近では、脱炭素エネルギーとしての水素が注目されており、発電用途、自動車燃料用途としての需要が高まっています。
例えば、自動車分野では、燃料電池自動車(FCV)の実用化モデルであるトヨタのMIRAIの2代目が2020年12月に販売されたことは記憶に新しいと思います。
そこで、今回の記事では、水素製造プラント、水素ステーションにおける水素配管の材質について解説します。
今後は、国内でも水素製造プラントや水素ステーションの建設はますます増加していくでしょう。
そのため、これまでは水素への関りが無かったプラントエンジニアも、これらの建設、運転に関わる機会も増えてくると思います。水素を取り扱う上でも重要な内容なので、本記事はぜひご一読下さい。
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水素配管の材質選択で考慮すべき項目
水素タービンで発電するにしろ、自動車(FCV)の燃料として水素を用いるにしろ、水素は圧縮するする必要があるため、国内では高圧ガス保安法が適用されます。
高圧ガス保安協会(KHK)では、考慮すべき項目として、水素浸食と水素脆化を挙げています。
考慮すべき項目
・水素浸食
・水素脆化
これらを考慮した材質、材料選定をしないと、運転中に漏れ、配管の破損により、爆発事故にも繋がります、特に水素は爆発範囲が4%~75%と広いので、爆発においては特に注意を要するガスの一つです。
水素浸食(Hydrogen attack)
水素浸食とは、水素原子が鋼材に入り込むことで、鋼材中の炭素を反応する(脱炭)ことで、鋼材が脆くなる現象です。
水素浸食は以下のステップで発生します。
①:高温、高圧で水素が鋼材と接することで、水素原子が鋼材中に侵入する。
②:水素原子が鋼材中の炭素原子と反応してメタンを生成。
Fe3C + 4H → 3Fe + CH4
③:生成したメタンは鋼の結晶粒界に蓄積するが、圧力が高いために微細なき裂が生じる。
④:鋼が脆くなり、割れが生じやすくなる。
※この現象は応力の存在による影響は受けずに、経時的に進行する現象です。
ネルソンカーブ
水素浸食の発生有無を判断する一つの材料として、API941に記載されているネルソンカーブ(Nelson Curve)が良くも用いられます。
ネルソンカーブは様々な材質における水素浸食の損傷事例のデータを元に、水素の分圧と温度について各材質の使用限界を定めた図です。
■ネルソンカーブ(API 941 2016より抜粋)
横軸が水素分圧、縦軸が温度です。
炭素鋼のネルソンカーブをオレンジ線で示しました。この曲線より上の領域であれば水素浸食発生のリスクがあること、下の領域であれば水素浸食発生のリスクが無いことを意味します。
つまり、この曲線よりも低い水素分圧、温度で運転すれば水素浸食を回避することが可能です。
水素脆性
水素脆性は。応力が生じている材料に対して、腐食や溶接時に発生した水素が侵入することにより、鋼材の延性、靭性の低下を引き起こし、材料が脆くなり割れが起こりやすくなる現象のことです。
水素脆性による脆化は、応力の影響を大きく受けるので、短時間でも発生することが特徴です。
材質と発生条件については、種々の検討がなされた結果、水素脆化を防ぐためのガイドラインとしては、以下のような規定がなされています。
高圧ガス保安法
高圧ガス保安協会が発行した「高圧ガス保安法 圧縮水素スタンド 技術基準解説」によると、常用の圧力が20MPaを超える圧縮水素の通る部分は、「各種条件付きでSUS316、SUS316L、Cr-Mo鋼(SCM435)、Brass、耐熱鋼(SUH660)から選定すること」とあります。
出典:高圧ガス保安協会「高圧ガス保安法 圧縮水素スタンド 技術基準解説 第二版」 表3-3、平成29年3月
AIAA(アメリカ航空宇宙学会)
AIAA G-095-2004 「Guide to Safety of Hydrogen and Hydrogen Systems」においても水素脆化も考慮した材質選定のガイドラインを定めています。
AIAA抜粋
・オーステナイト系ステンレス鋼(SUS316系など)は水素脆化に耐性がある。
※ただし、低温環境では、マルテンサイト化し、水素脆化への耐性が無くなる。
・高Ni合金(Ni9%以上)、インコネル(Ni合金)、チタンは水素割れを引き起こすため使用不可。
・常温水素ガス環境では炭素鋼は使用可能。
水素配管の材質は?
水素浸食、水素脆性を考慮して、適用可能な材質について考察します。
まず、水素浸食については、ネルソンカーブを読み取ると、200℃以下では圧力によらず炭素鋼の使用が可能と解釈できます。
しかし、ネルソンカーブをよく見ると、水素分圧2000psia(≒13.8MPa)以降は、曲線が漸近しているので、これより大きい分圧におけるデータは信頼性がいまいちです。
また、水素100%ガスを扱うことも考え、「ネルソンカーブ上の水素分圧=ガスの全圧」と考えておく方が安全サイドになります。
上記より、炭素鋼が使用可能な条件は、200℃以下未満かつ水素分圧2000psia(≒13.8MPa)未満となります。
次に、水素脆性について考察します。
水素脆性については、はっきりとした原因が分かっておらず、対策方法も確立されておりません。
手がかりとなるのは、高圧ガス保安法及びAIAAのガイドラインですが、このガイドラインに従うと、20MPag以上であれば、SUS316系のステンレス鋼を適用することになります。
このガイドラインには、高温側については特に記載が無いので、水素浸食の条件も考慮すると、200℃以上または全圧13.8MPagの場合はSUS316系を適用することになります。
本記事では圧縮水素について記事なので、液化水素などの低温環境についての考察は省略します。実際には水素ボンベ充填時などは、ジュールトムソン膨張により温度上昇を考慮してプレクールを行います。水素の物性についてこちらの記事を参照下さい。
まとめ
今回の記事では水素配管の材質を決定するために考慮しなければならない水素浸食と水素脆性について解説しました。
水素浸食、水素脆性を考慮した水素配管の材質は以下の通りになります。
水素配管の材質
・低圧(13.8MPag未満)かつ常温(200℃未満)の場合炭素鋼
・高圧(13.8MPag以上)または高温(200℃以上)の場合ステンレス鋼(SUS316系)
今後は、国内でも水素製造プラントや水素ステーションの建設はますます増加していくでしょう。
そのため、これまでは水素への関りが無かったプラントエンジニアも、これらの建設、運転に関わる機会も増えてくると思います。
この記事が役に立てば幸いです。ではまた他の記事でお会いしましょう。