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水素は減圧すると温度が上昇する?知っておくべき圧縮水素の物性について解説

今回は圧縮水素を貯蔵、運搬などで取り扱う上で知っておくべき物性とプラント設計時のポイントについて解説します。

水素は「減圧すると温度が上昇する」「臨界温度、圧力が低い」という他のガスではあまり見られない物性を持っています。

補足:本記事における「減圧する」というのは、バルブなどを介して膨張する等エンタルピー膨張(ジュールトムソン膨張)を指します。

水素の物性

・減圧すると温度が上昇する
・臨界温度、圧力が低い

そこで、今回の記事ではこれらの水素の物性と水素製造プラント、水素ステーションの設計のポイントについて解説します。

下記の記事では水素配管の材質について解説しましたが、水素自体の物性を把握しておくことは、今後普及していく水素プラント、水素ステーションの設計においても重要なので、プラントエンジニアとしてはぜひ知っておきたい知識です。

(補足)水素を貯蔵、運搬の手段としては、液化して液化水素として取り扱う方法もあります。液化水素は水素の沸点である-253℃以下にする必要があるだけではなく、外部熱の入熱による蒸発(ボイルオフ)量が大きいので、大容量の水素タンクでないと、液化するメリットがありません。そのため、小規模で水素を貯蔵、運搬する場合は圧縮水素ガスとして取り扱うことが一般的です。

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減圧時に温度上昇

水素は減圧時に温度が上昇する特徴がありますが、その理由はジュールトムソン効果の逆転温度が-80℃と低いためです。

通常、プラントでガスをバルブ等で減圧する過程は断熱膨張過程となりますが、等エンタルピー膨張のため、特にジュールトムソン膨張と呼ばれます。

ジュールトムソン膨張の時は、膨張前の温度によって減圧時に温度が上昇するか低下するかが決まります。この上昇と低下が入れ替わる温度を逆転温度と呼びます。逆転温度よりも高い温度だと減圧時に温度は上昇し、逆転温度よりも低い温度だと減圧時の温度が低下します。

ほとんどのガスは、通常のプラント運転は逆転温度以下となっているため、減圧に伴って温度は低下します。例えば、窒素の逆転温度は約350℃、酸素の逆転温度は約488℃ですが、この温度以上で運転することはほとんど無いので、窒素、酸素は減圧すれば温度も低下すると考えて問題ありません。

一方、水素の逆転温度は約-80℃です。

水素を圧縮水素ガスとして取り扱い場合は、常温以上の温度なので、逆転温度以上で取り扱うことになるので、水素を減圧すると温度が上昇します。

 

30℃の圧縮水素を82MPagから減圧した時の温度の挙動をグラフに記しました。減圧幅が大きいほど(差圧が大きいほど)温度が上昇することが分かります。なお、圧力を82MPagに設定した理由はトヨタの燃料電池自動車(FCV)であるMIRAIの水素ボンベ圧力が82MPagだからです。

 

プラント設計時のポイント

上述の特徴から、昇圧した水素をボンベに充填する時に、発熱、温度上昇により、ボンベ自体の設計温度を超えてしまう恐れがあります。

そのため、ボンベ充填前には水素を冷却しておくプレクール工程が必要となります。

出典:経産省の検討資料「82MPa水素スタンドの技術基準(案)について」

 

また、充填速度の制御も重要な要素です。

急速にボンベに水素を充填してしまうと、いくら冷却していたとしても、瞬間的に発熱し、ボンベの設計温度を超えてしまう恐れがあります。

そのため、適切な充填速度となるように充填装置を制御しなければなりません。

下図のグラフのように充填時間が短い(充填速度が速い)と30℃から90℃程度まで発熱する、という研究結果もあります。

 

出典:高圧容器への急速水素充てん中の温度変化の推定

臨界温度、圧力が低い

水素の臨界温度は約-240℃、臨界圧力は約1.3MPaとガスの中では、低い臨界温度、臨界圧力です。

圧縮水素は常温以上で取り扱うことが一般的なので、水素ガスを1.3MPa以上に加圧すると超臨界流体となります。

出典:The Engineering Toolbox

 

工場や実験室でよく見かける赤い塗装の水素ボンベは充填圧力14.7MPagや19.6MPagのものがありますが、それらのボンベに充填されている水素は超臨界流体として存在しています。

出典:鈴木商館

プラント設計時のポイント

超臨界流体となるということは、液体と気体との境界が無くなる、ということのため、体積圧縮率も液体に近くなります。

別の言い方とすると、超臨界流体では、圧力を上げても圧縮しずらくなるため、圧力が上昇しても水素充填量はそれほど増加しない、ということです。

つまり、充填圧力を上げても、容器(ボンベ)の厚みが増加して重量が増すばかりで充填量があまり増えなかったり、圧力が高くしても経済的に不利になってしまうため、最適な圧力を探す必要があります。また、ボンベ自体についても、量産可能なボンベの最大圧力にも限度があるので、無暗に充填圧力を上げることは現実的ではないと言えます。

水素プラント、水素ステーション設計時は経済的に最適な圧力となるように設計する必要がありますが、2021年時点ではMIRAIの水素充填圧力82MPaが一つの最適解のようです。

自動車側の要求としては、航続距離を延ばしたいため、充填圧力は高ければ高い方が良いのですが、水素ボンベ側の要求として、上述の通り、量産可能なボンベの最大圧力にも制約があるため、両方の要求を両立させた圧力が82MPaであると言えます。

まとめ

今回は圧縮水素を貯蔵、運搬などで取り扱う上で知っておくべき物性とプラント設計時のポイントについて解説しました。

水素はジュールトムソン効果の逆転温度が低いため、「減圧すると温度が上昇する」特徴や「臨界温度、圧力が低い」といった他のガスではあまり見られない物性を持っています。

水素の物性

・減圧すると温度が上昇する
・臨界温度、圧力が低い

今後普及していく水素プラント、水素ステーションの設計においても重要なので、プラントエンジニアとしてはぜひ知っておきたい知識です。

この記事が役に立てば幸いです。ではまた他の記事でお会いしましょう。

  • この記事を書いた人

Toshi

プラントエンジニア/ 技術ブログでプラントエンジニアリング業務に役立つ内容を発信中 / 現在160記事、月7万PV達成 / 得意分野はプロセスエンジニアリング / 化学メーカーからエンジニアリング会社に転職 / 旧帝大化学工学専攻卒 / 海外化学プラント設計、試運転経験有。 保有資格:危険物取扱者(甲種),高圧ガス製造保安責任者(甲種化学),エネルギー管理士(熱)

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