
今回の記事では、LNG(液化天然ガス)貯槽において、気圧変動による入熱=LNG蒸発量(ボイルオフガス, BOG)の評価に用いられるハセミモデル(Hashemiの式)について解説します。
一般的にLNGタンクは常圧で運用されていますが、大気圧が急に低下すると気液界面のガス圧が下がり、液が過飽和状態となって表面蒸発が急増する現象が発生します。
この気圧変動によるBOG増分を定量評価するために、HashemiとWesson(1971)がLNG貯槽の蒸発率に関して提示した経験式がハセミモデル(Hashemiの式)と言われるものです。
Hasemiの式
$$\dot{m}_{LNG} = 0.040\,\Delta P_S^{4/3}\quad[\mathrm{kg/m^2/hr}]$$
mLNG:LNG蒸発率 [kg/m2/h]
ΔPs:過飽和圧(液の飽和圧力と気液界面ガス圧との差)[in-水柱]
次項からハセミモデルの理論的背景から適用例まで解説します。
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Hashemiの式の背景と位置づけ
常圧LNG貯槽とボイルオフ(BOG)
LNGは約 −160℃ の極低温で、ほぼ大気圧に近い低い圧力で貯蔵されます。
どれほど保冷を厚くしても外部からの自然入熱はゼロにできないため、貯槽内のLNGは常に少しずつ蒸発し、この蒸発ガスはボイルオフガス(BOG: Boil-Off Gas)と呼ばれます。
BOGは圧縮機で処理してガス供給ラインに戻す等の運用が行われるため、BOG発生量の正確な評価は、BOG圧縮機の容量決定や貯槽の圧力管理に直結する重要な設計項目です。
なぜ気圧変動でBOGが急増するのか
常圧貯蔵のLNGは、貯槽の気相部(ガス層)の圧力とほぼ釣り合った飽和状態にあります。
ここで台風の接近などにより 大気圧(=気相部ガス圧)が急に低下すると、タンク内部では以下のようなメカニズムでBOG発生量が増加します。
■気圧低下時におけるBOG発生量増加のメカニズム
-
大気圧(気相部圧力)が急降下する
-
気液界面(液面)の飽和温度が急激に下がる
-
液バルク(内部の液本体)の温度は高いままなので、界面との「温度差(過飽和度 ΔT)」が大きくなる。(過飽和状態)
-
液面近傍で「自然対流熱伝達」が激しく促進される
-
表面蒸発(BOG発生)が急激に増加する
つまり気圧低下は、単なる配管や壁面からの自然入熱とは別に、過飽和状態になった液から一時的に追加のBOGを大量発生させるトリガーとなる現象と言えます。
Hashemiの式の位置づけ
この『気圧変動による入熱=LNG蒸発量の増分』を定量的に評価するために用いられるのが、H. T. Hashemi と H. R. Wessonらによって提案されたHashemiの式(ハセミモデル)です。
提案者:H. T. Hashemi & H. R. Wesson (1971年)
出典論文:“Cut LNG storage costs”, Hydrocarbon Processing, 50, 117–120
これはLNG貯槽からの蒸発率が、液面近傍の液相の自然対流熱伝達速度で支配されるとして導かれた式であり、LNGターミナルのおけるLNGタンクのBOG発生量の計算でも採用されています。
Hashemiの式の導出
ここでは、Hashemiの式がどのように理論的に導出されたのかを解説します。
結論から言うと、「液面の蒸発速度は、液面ごく近傍の自然対流の強さで決まる」という仮定が出発点になっています。
①液面近傍の自然対流熱伝達の数式モデル化
気圧が急降下して液面が過飽和状態になると、液面付近のミクロな世界では激しい密度差による対流が起きます。
この現象を数式で捉えるために、伝熱工学で使用されるヌセルト数(Nu)とレイリー数(Ra)という2つの無次元数が登場します。
無次元数の定義と物理的意味
1. ヌセルト数(Nu : Nusselt Number)
$$ Nu = \frac{h \cdot L}{k} $$
h:熱伝達係数
L:長さ
k:熱伝導率
意味:純粋な「熱伝導」に比べて、流体の「対流」によってどれだけ効率よく熱が運ばれているかを表す指標
2. レイリー数(Ra : Rayleigh Number)
$$ Ra = \frac{g \beta \Delta T L^3}{\alpha \nu} $$
g:重力加速度
β:体膨張係数
ΔT:温度差
α:熱拡散率
ν:動粘度
意味:浮力(対流を起こそうとする力)と、粘性および熱拡散(対流を抑え込もうとする抵抗)のバランスを表す指標
伝熱工学的・流体力学的な知見として、こうした自由表面(液面)近傍の乱流自然対流では、ヌセルト数(Nu)がレイリー数(Ra)の 1/3乗に比例する(Nu∝Ra^1/3)という特性があります。
なぜNu∝Ra^1/3になるか
この関係式に、それぞれの定義を代入して熱伝達係数 hについて整理してみます。
1. 定義を代入すると、比例関係は次のようになります。
$$ \frac{h L}{k} \propto \left( \frac{g \beta \Delta T L^3}{\alpha \nu}\right)^{1/3} $$
2. 両辺から長さ $L$ を整理すると、Lが綺麗に相殺され、熱伝達係数hは次のように変形できます。
$$ h \propto \frac{k}{L} \cdot \frac{(g \beta)^{1/3} L}{(\alpha \nu)^{1/3}} \cdot \Delta T^{1/3} \quad \rightarrow \quad h \propto k \cdot \left( \frac{\beta g}{\alpha \nu} \right)^{1/3} \cdot \Delta T^{1/3} $$
HashemiらはNu∝Ra^1/3という関係に着目しました。
液面からの熱流束(単位面積あたりの熱移動量)qは、熱伝達係数hと温度差 ΔT$ の積(q = hΔT)で表されます。
さらに、蒸発速度(単位面積・単位時間あたりの蒸発質量)ṁは、熱流束を蒸発潜熱λで割ったもの(ṁ=q/λ)になります。
したがって、先ほどの hの式にΔTをもう1つ掛け合わせ、潜熱 λで割ることで、最終的に次のように「温度差の 4/3乗」に比例する式が導かれます。
$$\dot{m}\propto\left(\frac{k}{\lambda}\right)\left(\frac{\beta g_c}{\alpha\nu}\right)^{1/3}\Delta T^{4/3}$$
ṁ:液面蒸発速度
k:熱伝導率
λ:蒸発潜熱
β:体膨張係数
gc:重力換算係数
α:熱拡散率
ν:動粘度
ΔT:温度差
物理的な意味としては、
①飽和状態の液に接するガスの圧力が急降下すると、気液界面の温度が急降下して、液バルクと液面の温度差 ΔT が拡大する。
②その結果、液面近傍の対流熱伝達により液面蒸発速度が急増加する。
ということになります。
②過飽和度ΔTsを過飽和圧ΔPsに読み替え
実務の現場で刻一刻と変わる「温度差(過飽和度ΔT)」を直接測ったり管理したりするのは困難です。
そこで、エンジニアリング上扱いやすい「圧力(過飽和圧ΔP)」に書き換える作業を行います。
ここで登場するのが、蒸気圧曲線の傾き(飽和線の平均的な傾き)であるdTs/dP です。
これを利用して、温度差を次のように圧力差へ換算します。
$$ \Delta P_s = \left(\frac{dT_s}{dP}\right)^{-1}_{avg}\Delta T_s $$
※avg は飽和線上の平均値での評価を意味します
これを液面蒸発速度の式に代入すると、蒸発速度を、直接観測可能な過飽和圧の関数として表した一般形が得られます。
Hashemiの式の一般形
$$\dot{m} = C_1\left(\frac{k}{\lambda}\right)\left(\frac{\beta g_c}{\alpha\nu}\right)^{1/3}\left(\frac{dT_s}{dP}\right)^{4/3}_{avg}\Delta P_s^{4/3} $$
補足:補正定数C1について
一般形まで求めましたが、このままでは定数C1が決まっていません。
Hashemiらは、水を用いた精密な実験・実測データを用いて、上式の比例定数C1をC1 = 0.344と定めましたが、これをLNGに適用可能と考えました。
その理由は下表に示す、水とLNGの熱物性値の類似性です。
常温の水と極低温のLNGでは個別の絶対値(温度や粘度など)に差はありますが、熱の伝わり方と粘性のバランスを示すPr数(プラントル数)や、最終的な物理特性の総合項が同じオーダーに収まるため、補正定数の流用が正当化されます。
| パラメータ | 記号 [SI単位系] | 水 (1 atm) | メタン (1 atm) |
| 飽和温度 | Ts [K (°C)] | 373 K (100 °C) | 111 K (−162 °C) |
| 動粘度 | ν | 2.97*10^-7 | 2.79*10^-8 |
| 熱拡散率 | α | 1.70*10^-7 | 1.29*10^-7 |
| プラントル数 | Pr(=ν/α) [-] | 1.745 | 2.18 |
| 体膨張係数 | β[1/K] | 7.56*10^-4 | 3.33*10^-3 |
| 飽和線の傾き | dPs/dT [kPa/K] | 5.04 | 8.67 |
③Hashemiの式の導出
上式の一般形に、上記のメタンの物性値及びC1=0.344を代入するとHashemiの式得られます。。
$$\dot{m}_{LNG} = 0.0082 \cdot \Delta P_S^{4/3} \quad [\mathrm{lbs/ft^2/hr}] \quad$$
ただし、この式はヤードポンド系なので、扱いやすいようにメートル系に換算すると、本記事の冒頭で紹介したHashemiの式(ハセミモデル)となります。
Hashemiの式(ハセミモデル)
$$\dot{m}_{LNG} = 0.040\,\Delta P_S^{4/3}\quad[\mathrm{kg/m^2/hr}]$$
mLNG:LNG蒸発率 [kg/m2/h]
ΔPs:過飽和圧(液の飽和圧力と気液界面ガス圧との差)[in-水柱]
なお、Hashemiの式において、過飽和圧ΔPsと蒸発率ṁの関係を両対数グラフで表すと、傾き4/3の直線となります。

気圧変動によるBOG増分の実用式
実際のプラント設計では、単に「ある瞬間の蒸発率」を知るだけでなく、気圧降下速度)」から、BOGの増分を直接求めた方が便利です。
そこで、Hashemiの式を出発点に、気圧変動によるBOG増分を評価する実用式が用いられます。
BOG増分形の導出
気圧変動が無い通常時にも、自然入熱に釣り合う基準の蒸発率 m0 が存在します。
これに対応する基準の過飽和圧をΔP0とすると、基本形から次式が成り立ちます。
$$ m_0 = 0.040 \cdot \Delta P_0^{4/3} \quad\Leftrightarrow\quad \Delta P_0 = \left( \frac{m_0}{0.040} \right)^{3/4} $$
ここに、気圧の低下分Δh [in-水柱] が加わると、液面の過飽和圧はΔP0 + Δhに増加します。
したがって、気圧変動によって新たに発生する蒸発率のBOG増分Δmは、次のように表されます。
BOG増分形
$$ \Delta m = 0.040 \cdot (\Delta P_0 + \Delta h)^{4/3} - m_0 $$
Hashemiの式の計算適用例
ここでは、これまでに解説した理論式や実務向けの実用式を用いて、実際のLNG貯槽でどのようにBOG増分が評価されるのか、具体的な計算例を紹介します。
前提条件(大型LNGタンク) :
貯槽サイズ:内径 81.4 m
最高液深 18.6 m
容量約 95,400 m3
定常BOG量:1,015 kg/h$(これが基準蒸発率 m0 に相当)
平衡状態(気圧変動なし)の過飽和圧・過飽和温度
定常ボイルオフに対応する基準蒸発率 m0から、基準となる過飽和圧ΔPs を求めると、約 80 mmAq(3.15 in-水柱)となります(原著の 3.15 in-水柱に相当)。
さらに、これを過飽和温度ΔTs に換算すると、
$$ \Delta T_s^\circ \approx 0.09 ℃$$
これは定常状態では、液面界面が液バルクよりわずか 0.09 ℃ だけ低い、ごく小さな過飽和状態で安定していることが分かります。
急な圧力降下があった場合の蒸発量
貯槽のガス圧が急に 2 in-Hg(約 67.7 hPa = 約 691 mmAq)低下した場合、過飽和圧は定常分と合わせて 約 771 mmAqに増加します。
これを過飽和圧の単位に気をつけてHashemiの式に代入すると、全蒸発量は約19,780 kg/h(約 19.8 t/h)となります。
よって平衡状態(約 1,015 kg/h)からの増分は以下の通りです。
$$ 19,780 - 1,015 \approx \mathbf{18,765 \text{ kg/h} \ (\text{約 } 18.8 \text{ t/h})} $$
これは、急減圧の瞬間には、定常時の約19倍もの蒸発が一時的に生じうることが示されています。
なお、貯槽圧が低い状態が長時間続くと、液温が徐々に低下して過飽和圧や蒸発量も次第に落ち着いていきます。
考察
この計算例は台風接近時などで気圧が急激に変動するようなケースを想定しています。
上記の通り、計算上ではタンクから発生するBOGが膨大な量となってしまいます。
しかし、通常は台風接近時などの荒天時では、BOG発生量を低減する緩和措置をとるため、この計算結果を機器設計の適用対象外とすることが多いです。