今回の記事ではプロセスシミュレーションで使用される物性推算モデルの適用範囲について解説します。
プロセスエンジニアがプロセス設計を行う上で必須のツールの一つがAspen+やPROIIに代表されるプロセスシミュレーターです。
プロセスシミュレーターを使用する際は、必ず物性推算モデルを選択しなければなりませんが、適切なモデルを選択しないと正しい結果を得ることができません。
プロセスシミュレーターの重要性についてはこちらの記事でも解説しています。更に、物性推算モデルの中でも、気液平衡モデルの内容について詳しく解説していますので、こちらも是非ご一読下さい。
プロセスシミュレーターでは、上記の記事で解説した気液平衡モデル以外にも、推算しようとする系によって、以下のような物性推算モデルに分類されます。
物性推算モデル
・ 理想系モデル
・ 状態方程式モデル
・ 活量係数モデル
・ 電解質モデル
・ その他
そこで、今回はプロセスシミュレーターで良く使用される各物性推算モデルの適用範囲について解説します。実際に業務でプロセスシミュレーションを行う際の物性推算モデルの選定指針にお役立て下さい。
※各推算モデルの名称はシミュレーターの種類によって異なる場合があります。本記事ではどのシミュレーターでも通用するような名称で記載するようにしますが、一致する名称が見つからない場合はシミュレーターのヘルプ機能等で推算モデルの内容を確認下さい。
注意
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理想系モデル
気体の状態方程式に基づいた推算モデルです。
理想気体に近い条件のガスの推算に適用可能です。
<適用範囲>
・ 軽沸炭化水素や無機ガスなどの凝縮しない成分にしか使用できない。
・ 圧力範囲は大気圧~低圧(0.2 MPa以下)
状態方程式モデル
SRK(Soave-Redlich-Kwong)
Soave-Redlich-Kwong方程式(SRK式)は、ファンデルワールス方程式(van der Waals方程式)に基づくRedlich-Kwong 状態方程式(RK式)をさらに改良したものです。
詳細はこちらの記事を参照下さい。
<適用範囲>
・ 使用頻度高い
・ 圧力範囲は低圧~中圧(数MPa程度)
・ 極性を有する混合物でも推算可能
・ 炭化水素や軽沸成分(CO2、H2S、H2など)の系の推算では精度が高い。
・ ほとんどの炭化水素を扱うプロセス(天然ガス、石油系含む)で適用可能。
・ 水を含む炭化水素の系に適用可能。(ただし水-炭化水素のバイナリーパラメーターがある場合)
・ 遊離水が存在する系でも適用可能。
<推算誤差>
・ 液密度:1-10%(C16以上の高沸点炭化水素は10-20%)
・ エンタルピー:1-4BTU/lb程度
・ 気液平衡;
CH4+軽沸炭化水素(C5まで):2-5%
CH4+炭化水素(C6以上):3-10%
H2+軽沸炭化水素(C3まで):10-20%
H2+炭化水素(C4以上):20%以上
H2S+炭化水素:5-10%
N2+炭化水素:5-20%
CO2+炭化水素:2-6%
H2O+炭化水素:30%程度
SRKM(SRK-Modified Panagiotopoulos-Reid)
PROIIにおいては、強い極性を持つの成分が存在する系では、SRKをさらに改良したSRKM式を推奨しています。(通称SRK-modified)
特に水-炭化水素が共存する系やその他の化学プロセスにおいて適用することが可能です。
PR(Peng-Robinson)
Peng Robinson方程式(PR式)は、SRK式同様、ファンデルワールス方程式(van der Waals方程式)に基づくRedlich-Kwong 状態方程式(RK式)をさらに改良したものです。
PR式も詳細はこちらの記事を参照下さい。
適用範囲や精度はSRK式とほぼ同程度ですが、重質成分の推算においてはPR式の方が実測値と合いやすいと言われています。
<適用範囲>
・ 使用頻度高い
・ 圧力範囲は低圧~中圧(数MPa程度)
・ 極性を有する混合物でも推算可能
・ 炭化水素や軽沸成分(CO2、H2S、H2など)の系の推算では精度が高い。
・ ほとんどの炭化水素を扱うプロセス(天然ガス、石油系含む)で適用可能。
・ 水を含む炭化水素の系に適用可能。(ただし水-炭化水素のバイナリーパラメーターがある場合)
・ 遊離水が存在する系でも適用可能。
<推算誤差>
・ 気液平衡;
CH4+軽沸炭化水素(C5まで):2-5%
CH4+炭化水素(C6以上):3-10%
H2+軽沸炭化水素(C3まで):10-20%
H2+炭化水素(C4以上):20%以上
H2S+炭化水素:5-10%
N2+炭化水素:5-20%
CO2+炭化水素:2-6%
H2O+炭化水素:30%程度
PRM(Modified-PR)
PROIIにおいては、SRKM式同様、強い極性を持つの成分が存在する系では、PRをさらに改良したSRKM式を推奨しています。
SRKM式同様、水-炭化水素が共存する系やその他の化学プロセスにおいて適用することが可能です。
BK10(Braum K-10)
1960年にブラウンらによって開発された推算モデルです。状態方程式モデルの一つですが、平衡定数Kを4つのパラメータ(成分、圧力、温度、および収束圧力)に関連付けられています。
低圧下で高沸点の炭化水素の推算によく合うと言われています。
<適用範囲>
・ 沸点が450K~700Kの脂肪族、芳香族から成る系の推算では精度が高い。
・ 圧力範囲は減圧~低圧下(0.3MPa程度まで)
・ 適用温度範囲は133K~800K
CHAO-SEA (Chao-Seader)
Chao Seader方程式(CS式)は、CahoとSeaderによって開発された推算モデルです。
軽質炭化水素の推算は精度よく行うことが可能ですが、530Kの高温の推算では使用することが出来ません。
<適用範囲>
・ 炭化水素や軽沸成分(CO2、H2Sなど)の系の推算では精度が高い。
・ 適用温度範囲は200K~533K
・ 適用圧力範囲は140atmまで
・ 臨界点付近の推算は精度が低い
GRAYSON (Grayson-Streed)
GraysonとStreedによりChao Seader方程式を改良して開発された推算モデルがGrayson-Streed(GS式)です。
水素濃度が高い系や高圧・高温の系においても適用可能な推算モデルです。
<適用範囲>
・ 水素を含む系に有効。
・ 炭化水素や軽沸成分(CO2、H2S、H2など)の系の推算では精度が高い。
・ 適用温度範囲は200K~700K
・ 適用圧力範囲は210atmまで
・ 臨界点付近の推算は精度が低い。
BWR(Benedict-Webb-Rubin)
Benedict、Webb、Rubinらによって開発された推算モデルです。
軽質炭化水素と二酸化炭素、水との混合物でも推算可能なモデルですが、低温や臨界点に近い領域では精度が悪くなる欠点があります。
BWRS(Benedict-Webb-Rubin-Starling)
Starling によりBWR式を改良し、極低温領域や高温においての軽質炭化水素に対する計算結果の精度を向上させたのがBWS式です。
<適用範囲>
・ 極性を有する混合物でも精度良く推算可能
・ 臨界点付近では精度が悪い
・ 圧力範囲は低圧~中圧(数MPa程度)
<推算誤差>
・ 液密度:1-3%(純物質についてはSRK式やPR式よりも精度良い)
・ 蒸気圧:1-2%
・ エンタルピー:2-5Btu/lb
LKP(Lee Kesler Plocker)
Lee、Kesler、Plockerにより、BWR式に対応状態の法則を使用して、より多様な物質に適用可能としたモデルがLKP式です。
<適用範囲>
・ 炭化水素の混合物の推算では精度高い
・ 極性を有する混合物でも精度良く推算可能
・ 臨界点付近では精度が悪い
・ 中圧~高圧(数MPa以上)でも使用可能
TBC(Twu-Bluck-Coon)
SRK式、式に組成依存要素を加えることで、複雑な混合物に対応した推算モデルです。
NRTL式のパラメータを実験式の相関により求めることで、高圧かつ強い極性をもつ成分の気液平衡を精度よく計算することが出来ます。
<適用範囲>
・ 極性を持つ成分を含んでおり、かつ高圧の炭化水素の系の推算に適用可能
UNIWAALS
活量係数モデルであるUNIFAC式とvan der Waals 状態方程式を組み合わせた推算モデルで、TBC式同様に高圧かつ強い極性をもつ成分の気液平衡の推算に適用可能です。
<適用範囲>
・ 相互作用のデータがない非イオン性化学物質を含む高圧の系に適用可能
・ フガシティー係数の推算に対しては精度が悪い
PSRK(Predictive Soave-Redlich-Kwong)
PSRK式は混合測を適用した状態方程式モデルで、高温、高圧の推算に適用可能です。
SRK式やPR式ではうまく計算できないような高圧の気液平衡の推算においてよく使用されます。同様の推算モデルにPRMHV2(Peng-Robinson-MHV2)、PRWS(Peng-Robinson-Wong-Sandler)、RKSWS(Redlich-Kwong-Wong-Sandler)、RKSMHV2(Soave-Redlich-Kwong MHV2)があります。
<適用範囲>
・ 使用頻度高い
・ 非極性、極性を含む系に適用可能
・ 高温、高圧領域で適用可能
・ UNIFACパラメータがあれば幅広い条件下で精度よく推算可能
・ 臨界点付近では精度悪い
・ 極性物質の蒸気圧について良く合う。
<推算誤差>
・ 150bar以下の圧力領域では数%程度の誤差
RK-ASPEN(Redlich-Kwong-ASPEN)
RK-ASPEN式はAspen+で独自に開発された推算モデルです。
<適用範囲>
・ 非極性、極性、超臨界成分を含む系に適用可能
・ 蒸気圧パラメータから求めた極性パラメータが必要
※このパラメータが無いとPR式やSRK式と同じ結果となる
<推算誤差>
・ 極性パラメータがある場合は0.5%程度
SR-POLER(Schwarzentruber and Renon)
比較的最近になってSchwarzentruberとRenonによって開発された推算モデルです。
非理想性が強い成分を含む系において、活量成分モデルの代わりに使用することが可能です。
<適用範囲>
・ 非極性、極性、非理想性が強い成分を含む系に適用可能
・ 高温、高圧領域において(50bar程度まで)精度高い
・ 臨界点付近では精度悪い
活量係数モデル
WILSON
Wilson式局部組成の概念を組み込んだ最初に開発されたモデルです。
基本的な発想としてWilsonパラメータを導入し、各2成分について各分子が局部的な環境の組成変化を引き起こす度合いを表現して液相活量係数を計算します。
Wilson 法は極性成分を含む混合物を相関するためによく使用されますが、2液相の系においては適用すること出来ません。
Wilson式についてはこちらの記事を参照ください。
<適用範囲>
・ 使用頻度高い
・ 非極性、極性、非理想性が強い成分を含む溶液の気液平衡に適用可能
・ 1MPa未満の中圧まで適用可能
・ 2液相の系では適用不可
・ クロロホルム-エタノールのように活量係数が極値を示す系では使用不可
NRTL(Non-Random Two Liquid)
NRTL(Non-Random Two Liquid)方程式は Renon と Prausnitz により開発され、Wilson式の欠点を克服した推算モデルです。
2液相の系を含めた幅広い範囲の気液平衡に適用可能です。NRTL式についてもこちらの記事を参照ください。
<適用範囲>
・ 使用頻度高い
・ 非極性、極性、非理想性が強い成分を含む溶液の気液平衡に適用可能
・ 1MPa未満の中圧まで適用可能
・ 2液相の系でも適用可能
・ 臨界温度近くの条件では適用できない
UNIFAC(Universal Functional Activity Coefficient)
UNIFAC(Universal Functional Activity Coefficient)は、Fredenslund、Jones、Prausnitz によって開発された推算モデルです。
このモデルは原子団相互作用のデータから活量係数を推定するため、2成分系の活量係数データが得られない場合に有用なモデルです。
<適用範囲>
・ 使用頻度高い
・ 非極性、極性が強い成分を含む溶液の気液平衡に適用可能
・ 1MPa未満の中圧まで適用可能
・ 2液相の系でも適用可能
・ 温度範囲は290~420K程度
・ 臨界温度近くの条件では適用できない
UNIQUAC(Universal Quasi Chemical)
UNIQUAC(Universal Quasi Chemical) 方程式は、Abrams と Prausnitz によって開発された推算モデルです。
Wilson 式やNRTL 式に近いモデルですが、バイナリーパラメータの実験データがない場合。UNIQUAC方程式で使用する係数は、グループ寄与法UNIFACによって計算されることが特徴です。
<適用範囲>
・ 非極性、極性、非理想性が強い成分を含む溶液の気液平衡に適用可能
・ 1MPa未満の中圧まで適用可能
・ 2液相の系でも適用可能
Van Laar
van Laar 式は古くに開発された推算モデルですが、現在でも液相活量係数を計算するために使用されることがあります。
バイナリーパラメータに温度依存性が無く、活量係数とモル分率の間の関係における最大値と最小値を表現することが出来ないため、使用頻度は多くありません。
<適用範囲>
・ 非極性、極性を持つ成分を含む溶液の気液平衡に適用可能(Raoult則に基づく)
・ 1MPa未満の中圧まで適用可能
・ 臨界温度近くの条件では推算不可
Margules
Margules 式は Redlich と Kisterによって開発された、液相活量係数の最も古い推算モデルです。があります。
Margules 式もVan Laar式同様、温度依存性をモデル化することができないので、使用頻度は多くありません。
<適用範囲>
・ 非極性、極性を持つ成分を含む溶液の気液平衡に適用可能(Raoult則に基づく)
・ 1MPa未満の中圧まで適用可能
・ 臨界温度近くの条件では推算不可
電解質モデル
化学プラントで薬品として使用される水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)、硫酸や冷媒として使用されるブラインは水溶液の状態でイオン化するため、これらの物質のシミュレーションを行う際は上述のような状態方程式モデルや活量係数モデルを使用することが出来ません。
代わりにプロセスシミュレータに備わっている推算モデルとしては「電解質モデル」があります。
この推算モデルを適用することでシミュレーションを行うことができますが、各電解質モデルにおいて推算可能な物質が限られていること、水溶液濃度に限度があること、精度は高くないことは留意しておく必要があります。
AMINE
主に水-アミン系の推算において使用されます。
例えば、排ガス中の二酸化炭素を回収するための吸収液としてモノエタノールアミン(MEA)、ジエタノールアミン(DEA)、ジイソプロパノールアミン(DIPA)、ジグリコールアミン(DGA)などの水溶液が用いた吸収塔が用いられますが、この吸収塔のシミュレーションで使用されます。
SOUR
主に水、アンモニア、H2S、CO2を含むサワーウォーターの推算で使用されるモデルです。
適用温度は150℃程度で、誤差も30%程度です。
ACID
主に塩酸、硫酸などの酸の推算で使用されるモデルです。
SOUR同様、適用温度範囲も広くなく、誤差も小さくありません。
CAUSTIC
主に水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリの推算で使用されるモデルです。
温度範囲や誤差についてはSOUR、ACIDと同程度です。
PITZER
Pitzerらによって開発されたPitzer式を基にした推算モデルです。
イオンと溶媒との相互作用を、過剰ギブズエネルギーを用いて表現し、高イオン強度(6M程度まで)の溶液においても適用可能です。
主にブラインや湖沼や河川に溶解している塩の挙動の推算に使用されます。
PITZERモデルを簡易化したB-PITZERモデルもあり、精度は落ちますが、フィッティングしたパラメータが無い場合はこちらのほうが精度が高いです。
その他
Flory-Huggins
Flory-Huggins 式はポリマー溶液の推算で使用されます。
ポリマー溶液は、溶媒とポリマーとの分子サイズが大きく異なりますが、このような場合のエントロピー効果に対して Regular Solution(正則溶液)を補正したものが、Flory-Huggins 式です。
まとめ
今回の記事ではプロセスシミュレーションで使用される物性推算モデルの適用範囲について解説しました。
プロセスエンジニアがプロセス設計を行う上で必須のツールの一つがAspen+やPROIIに代表されるプロセスシミュレーターです。
推算モデル
・ 理想系モデル
・ 状態方程式モデル
・ 活量係数モデル
・ 電解質モデル
・ その他
プロセスシミュレーターを使用する際、必ず上記の物性推算モデルを選択しなければなりませんが、適切なモデルを選択しないと正しい結果を得ることができません。
本記事が物性推算モデルの選定指針に役立てば幸いです。ではまた他の記事でお会いしましょう。