今回の記事では真空ポンプの排気時間の計算方法について解説します。
真空ポンプの設計、タイプの選定において最も重要なのは排気時間の計算です。この記事では、簡易的に計算する方法と厳密に計算する方法の2通りについて解説します。
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簡易的な計算法
体積V[m]、圧力Ps[Pa]の容器を真空ポンプで排気するときの経時変化を上図に記しました。左側が圧力の経時変化、右側が排気速度の経時変化を表します。時に右側の曲線は排気曲線と呼ばれる曲線で、真空ポンプのカタログなどに必ず記載される重要なデータです。
初期圧力Psから排気を開始し、圧力が真空に近づくに従って、排気速度Q [m3/s]はだんたん小さくなるため、圧力の変化もだんだん小さくなり、ある圧力Puに到達したところでこれ以上真空には近づかなくなります。このPuは真空到達度、あるいは到達圧力と呼ばれ、真空ポンプの排気速度が0となる圧力で、真空ポンプの能力を表す重要な因子です。
数式モデル
簡単のため、排気速度Q [m3/s]は一定として漏れなどを無視すると、排気速度簡単容器内の圧力がP[Pa]のとき、微小時間dt [s]における圧力変化は、体積あたりの排気速度と真空到達度の積に等しいので、以下の等式が成り立ちます。
$$\frac{dP}{dt}=\frac{Q}{V}(P-P_u)$$
P:容器内圧力 [Pa]
Pu:真空到達度 [Pa]
t:時間 [s]
Q:排気速度 [m3/s]
V:容器の体積 [m3]
t=0の時P=Ps、t=tの時P=Pの境界条件で、この等式を積分して整理すると以下の通りになります。
$$t=\frac{V}{Qs}\ln{\biggl(\frac{P_s-P_u}{P-P_u}\biggl)}$$
P:容器内圧力 [Pa]
Ps:初期圧力[Pa]
Pu:真空到達度 [Pa]
t:時間 [s]
Q:排気速度 [m3/s]
V:容器の体積 [m3]
ただし、上図の排気曲線でも表示されている通り、実際の排気速度は圧力の関数となっているため、排気速度Qを一定とみなすのは無理があります。
そこで、初期圧力Psにおける排気速度Qsと減圧後の目的圧力Pにおける排気速度Qの平均値を一定とみなして、以下の通りに修正します。
$$t=\frac{V}{\frac{Q_s+Q}{2}}\ln{\biggl(\frac{P_s-P_u}{P-P_u}\biggl)}$$
P:容器内圧力 [Pa]
Ps:初期圧力[Pa]
Pu:真空到達度 [Pa]
t:時間 [s]
Q:圧力Pにおける排気速度 [m3/s]
Qs:初期圧力Psにおける排気速度 [m3/s]
V:容器の体積 [m3]
この数式が初期圧力Psから任意の圧力Pに減圧するまでの排気時間を求める計算式(簡易的な計算法)です。
排気曲線は真空ポンプのカタログ等で記載されているので、この曲線から任意の圧力における排気速度Q、Qsを読み取ります。また、真空到達度も同様にカタログなどから入手します。
この計算式でも排気速度の平均を一定として考えているため、実際の排気時間とはずれが生じますが、初期検討ではひとまずこの簡易法でも問題ありません。次項から厳密な計算法について解説します。
厳密な計算法
こちらの計算法は、真空ポンプの形式がレシプロ往復動ポンプ(往復動ポンプ)やロータリーポンプなどの容積型であることを利用します。
真空ポンプの排気曲線は必要ありませんが、ポンプの回転数(ストローク数)やチャンバー容積 [m3]が必要となります。
数式モデル
体積がV [m3]、初期圧力Ps [Pa]の容器があり、真空ポンプ(チャンバー容積C[m3])で1ストロークだけ減圧させた後の圧力をP1とすると、体積VからV+Cに膨張したと考え、理想気体のボイルの法則から、以下の等式が成り立ちます。
※減圧操作は負圧、常温なので、理想気体とみなして問題無い。
$$P_sV=P_1(V+C)$$
圧力P1から1ストローク減圧すると、以下の等式が成り立ちます。
$$P_1V=P_2(V+C)$$
さらに1ストローク減圧すると、以下の等式が成り立ちます。
$$P_2V=P_3(V+C)$$
n-1回目のストロークからn回目のストローク減圧すると以下の通りになります。
$$P_{n-1}V=P_n(V+C)$$
Ps:初期圧力[Pa]
Pn:nストローク後の容器内圧力 [Pa] (n=1~nの自然数)
V:容器の体積 [m3]
C:ポンプのチャンバー容積 [m3]
したがって、1ストローク後からnストローク後(n=1~nの自然数)のそれぞれの等式(上式)の両辺をかけ合わせると、P1~Pn-1は消去され、以下の通りになります。
$$P_sV^n=P_n(V+C)^n$$
$$\frac{P_n}{P_s}=\frac{V^n}{(V+C)^n}$$
両辺の対数をとって整理すると、
$$n=\frac{\ln{\biggl(\frac{P_n}{P_s}\biggl)}}{\ln{\biggl(\frac{V}{V+C}\biggl)}}$$
n:ストローク合計数
Ps:初期圧力[Pa]
Pn:nストローク後の容器内圧力 [Pa] (n=1~nの自然数)
V:容器の体積 [m3]
C:ポンプのチャンバー容積 [m3]
ここで、ストローク合計数はポンプの回転数(ストローク数)と時間の積なので、
$$n=R\times{t}$$
となり、
$$t=\frac{\ln{\biggl(\frac{P_n}{P_s}\biggl)}}{R\times\ln{\biggl(\frac{V}{V+C}\biggl)}}$$
と表せられます。
t:排気時間 [s]
R:ポンプ回転数 [rps]またはストローク数 [stroke/s]
Ps:初期圧力[Pa]
Pn:容器内圧力 [Pa]
V:容器の体積 [m3]
C:ポンプのチャンバー容積 [m3]
この数式により、ポンプの回転数またはストローク数、チャンバー容積の情報があれば、初期圧力から任意の圧力に減圧するまでの排気時間を計算で求めることができるようになりました。
こちらの計算法の方が簡易法よりも厳密に排気時間を計算することが可能です。
なお、ポンプの回転数またはストローク数、チャンバー容積は真空ポンプのカタログやポンプメーカーから入手することが可能です。
計算例
30L(0.03 m3)の容器を大気圧から1.5Paまで減圧することを考えます。
前提として以下の情報が入手済みであると仮定します。
前提条件
大気圧における排気速度(初期排気速度)Qs:0.0024 m3/s
1.5Paにおける排気速度 Q:0.0012 m3/s
真空到達度 Pu:0.8 Pa
ポンプ回転数 R:12 rps
チャンバー容積 C:0.0002 m3
簡易法と厳密法それぞれで排気時間を計算します。
簡易法
$$t=\frac{V}{\frac{Q_s+Q}{2}}\ln{\biggl(\frac{P_s-P_u}{P-P_u}\biggl)}$$
簡易的な計算法である上式に各条件を代入すると、以下の通りになります。
$$t=\frac{0.03}{\frac{0.0024+0.0012}{2}}\ln{\biggl(\frac{101325-0.8}{1.5-0.8}\biggl)}=203$$
よって、排気時間t=203秒と計算されました。
厳密法
$$t=\frac{\ln{\biggl(\frac{P_n}{P_s}\biggl)}}{R\times\ln{\biggl(\frac{V}{V+C}\biggl)}}$$
厳密な計算法である上式に各条件を代入すると、以下の通りになります。
$$t=\frac{\ln{\biggl(\frac{1.5}{101315}\biggl)}}{12\times\ln{\biggl(\frac{0.03}{0.03+0.0002}\biggl)}}=143$$
よって、排気時間t=143秒と計算されました。
簡易法と厳密法とでは60秒程度の差異があることが分かります。
まとめ
今回の記事では真空ポンプの排気時間の計算方法について解説しました。
真空ポンプの設計、タイプの選定において最も重要なのは排気時間の計算ですが、簡易的に計算する方法と厳密に計算する方法の2通りがあります。入手可能な情報や状況に応じて使い分けてみてください。
この記事が役に立てば幸いです、ではまた他の記事でお会いしましょう。